甘い管理職、厳しい管理職

 先日、とある企業の部長クラスの方とお話する機会があった。この会社は今まで名ばかりの管理職ばかりいたものだから、部下指導・後進の育成に重点を置いた組織つくりを行ってきたところである。

 で部長曰く「あの○○課長は、部下とアンフォーマル、プライベートな面で全然コミュニケーションが取れていないから、管理職としてはまだまだだな。もっと、こう仕事ばかりでなくそれ以外の場面でもうまくできんもんかねー」
 私も部下とコミュニケーションを取り、部下から信頼されなければならない、と言うのは同感である。そういう関係は、無いよりあった方がいい。しかし、仕事以外の面も含めてちょうど部下を誘って飲みにいく(今はもう死語?)、というような関係が絶対に必要かというと、ちょっと疑問である。

 管理職の機能という点に視点を置くならば、管理職の職務は部下の管理と指導が重要であり、その大義は「組織のため」である。
 飲みにいったりするコミュニケーションは無いよりあった方が絶対にいいに決まっているけれど、管理職としての前提条件ではないと考えている。

 つまり、そういった「関係性」が存在しなくても、管理職としての職務は十分に機能するはずであり、させなければならない。管理職としての基本的な機能として、部下の管理と部下指導があり、それらを円滑に機能させるためには、アンフォーマルなコミュニケーションは無いよりあった方がいいに過ぎない、ということである。

 ところが、昨今は部下を叱ったりすることを苦手とする人たちが増えたせいか、部下管理とは部下との円滑なコミュニケーションの維持だ、と誤解する人(会社)が増えているような気がする。
 こういう管理職だと、部下にすればとても「いい管理職」、時には表現を都合よく変えて「頼りになる管理職」とさえ評価してしまうということだ。おそろしい話である。

 ものすごく器用な人ならば、仕事中は厳しく、そうでない時には楽しく、という両極端の対応が出来ると思うのだが、残念ながら自分も含めて多くの人はそんなことは出来ない。
 したがって、「あるべき管理職」像とはどんなものかと問われると、この両極端のうちの一方、つまり「楽しく」を選んでしまう人が多い。もっとも実際には「楽しく」なんてアホなことは言えないから、多くの人は「部下から信頼される管理職」という言葉を使っている。
 ここがマジックであり、だまされてはいけないところである。ここでいう「部下から信頼される」とは「部下から好かれる」という意味と殆ど同じで使われていることが多い。もちろん、全部が全部こんなふうに穿った見方をしてはいけないけれど。

 ちなみに前述の問いに「部下から信頼される」という答が返ってきたら、それは具体的にどういうことかを聞いてみるとよくわかる。会社や組織(の維持)のため、という思いを踏まえての回答だったら、多分間違って理解していることは少ないだろう。
 反対に「部下に対しては、気兼ねなく相談にのってやりたい」という類いの回答だけだったら、ほぼ「部下からの信頼 イコール 部下から好かれる」と曲解していると思って間違いない。
 人間は群れて暮らす動物だから、集団からつまはじきにされるのを本能的に嫌うらしいから、こういう回答が返ってきても仕方がないことではあるけれど。

 私は幸か不幸か、多くの業績不振企業、そしてそのうちのいくつかは倒産という、悲しい現実に直面している企業を目の当たりにしてきた。いずれも経営者もしくは管理職は、「部下から信頼される」という意味を曲解し、部下からなめられている甘い管理職が多かった、という点だけは事実である。

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